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中国知財情報速報 Newsletter June.2015

发布时间:2016.04.20

中国職務発明の報酬支払いについての最新判例紹介

 

背景

昨年から今年にかけて、中国はイノベーション促進とする国レベルでの施策は次々と発表され、また、今年の4月に『職務発明条例草案(審議案)』も国務院法制局によって公表された。イノベーション促進するための環境整備として、企業側と発明者側の権益はどのように調整されるかは、企業、特に外国企業からの関心が高まっている。本件はこのような背景で下される最新判決で、注目に値するものであった。

 

判例基本情報

事件名:張氏ー3M社職務発明報酬支払い事件

事件番号は 沪高民三(知)終字第120号(上海高裁による二審判決)

判決日:2015年4月22日

 

事件の経緯

原告の張氏が3M中国有限公司在職中、3M米国本社の発明者ら3名と連名で米国においてPCT出願し、その後、3M米国本社の子会社である3M創新有限公司名義で中国国内移行して権利付与を受けた。3M中国有限公司は社内“3M職務発明奨励プラン”に基づき張氏に実施報酬を支払ったが、その支払い額は明らかに低すぎるとして張氏が提訴し、二審まで争った事件である。

第一審:

原告:張氏(3M中国有限公司の元社員)

被告1:3M中国有限公司

被告2:3M創新有限公司(かかる中国特許の特許権者)

 

原告の請求:

1.被告らは共同で原告の職務発明報酬を受け取る権利を侵害した事実を確認。

2.被告らは共同で原告の職務発明報酬対価440万元および利息を支払う。

 

第一審判決の要旨:3M中国有限公司は職務発明報酬20万元を支払うこと。

第二審判決の要旨:控訴を棄却して、一審判決を維持する。

 

争点

争点1――発明の完成地と中国特許法適用の関係

本事件にかかわる特許の発明者4人の中に、原告である張氏は中国で研究開発して、そのほかの3人はアメリカで研究開発して、アイデアと研究成果を持ち寄るような形で本件発明を完成したものである。

被告らは“本件発明は米国で完成したものなので、中国の法律でなく米国の法律を適用すべき”と主張したところ、一審及び二審法院が、「発明の完成地は、当該発明の技術方案および各構成部分が同一地域で完成することは必要とせず、発明の一部の完成地も当該発明の完成地の一つと見るのは妥当で、かつ当該発明は中国で権利付与を受けたため、中国法を適用するのは妥当なもの」と認定し、米国法律適用の主張を退けた。

 

弊所の解説:本件は中国で権利付与を受けた特許について、職務発明の対価を巡る事件であるため、属地主義の観点から、中国特許である以上中国特許法を適用することは言うまでもなく、“米国で完成した発明か否か”は本事件と関係のないもので、争点とするまでもないではないかと考える。

ただし、今回の裁判所の示した“発明の一部を完成した所在地も発明完成地の一つである”判断は興味深いものである。このような判断に基づけば、一つの発明には国を跨がる複数の完成地は存在しうることになるので、例えば発明者は複数の国、或いは実験地は複数の国が関係する場合、複数の国が一つの発明の完成地となれば、“第一国出願義務”は果たしてどちらの国で生じるかという問題を引き起こされるのではないかと懸念せざるをえない。

日本では“第一国出願義務”制度はないから関係ないまでとは言えない。例えば中国現地法人の研究者が発明者の一人となって、日本の本社側にいる研究者と協力して発明を完成させた場合、“中国で完成した発明”と認定される可能性があるため、中国特許法に基づいて所定の手続きをしないと不利益を被ることはあるので、要留意なところと考える。

 

争点2――職務発明報酬の支払責任はどちらにあるかについて

本件特許は、米国3M、3M中国有限公司、3M創新有限公司の三者間には、“共同研究契約”と“知的財産権契約”を結んでおり、本件特許をその契約に基づいて3M創新有限公司に移転され、中国の国内移行手続きも3M創新有限公司名義で行ったものである。

原告は3M中国有限公司の社員であったが、3M中国有限公司は当該特許権者でもなく、本件発明の出願する権利を3M創新有限公司に移転したため、3M中国有限公司は原告に報酬を支払う義務はないと、3M中国有限公司は主張したところ、第二審の上海高級人民法院は以下のように判示した。

  • 米国3M、3M中国有限公司、3M創新有限公司の三者間契約によれば、3M中国有限公司の発明は3M創新有限公司に譲渡移転し、3M創新有限公司で一元管理することになるので、本件発明は3M中国有限公司が出願する権利を有するところ、それを出願前に3M創新有限公司に譲渡移転したとの原審認定に誤りはない。
  • 発明は実施後、会社が発明者に合理的な報酬を支払わなければならないと法律で定めてられている。本件において、発明者と雇用関係のない3M創新有限公司は特許権者であるが、立法趣旨は発明者に労働報酬を支払う点からみて、その報酬を受け取る権利は多国籍グループ企業間の協議によって影響を受けるものではない。よって、3M中国有限公司は張氏に報酬を支払う義務を負うと認定するのは妥当なもの。
  • 3M創新有限公司は発明者の張氏と雇用関係でない、また、3M中国有限公司は張氏に支払う義務があると認定されたことに鑑みて、張氏は3M創新有限公司に報酬を請求することは、法的根拠がない。

 

弊所の解説

多国籍企業のグローバル知財管理は、本件のように、本国法人と中国法人そして知財管理会社の三者間協議で特許権を知財管理会社に一元管理させるような手法と、本国法人と中国法人の二社間契約で特許権を親会社の本国法人に帰属させるような手法は概ね主流になっている。

しかし、現行中国特許法16条及び実施条例76〜78条では、発明の対価を支払う責任を有するのは“特許権の付与を受けた会社”となっており、発明者もその会社の従業員と想定された条文であるため、このように、特許権を親会社或いはグループ会社に譲渡した場合、報酬支払う責務は、譲渡先の親会社にあるのか、従業員の在籍する中国現地法人にあるのかは、法律条文上では明確ではなかった。

そこで、上海高級人民法院は今回の判決文で、現行特許法16条及び実施条例76〜78条の立法趣旨は、発明者へ労務報酬を支払うものであるとして、職務発明の報酬は労務報酬の一種として認定し、譲渡による権利移転は労務報酬の支払いに影響を及ばないと判断した。

通常、雇用契約に基づく肉体労働や頭脳労働の労務報酬は、提供される労働の質・量の評価によって定められ、必ずしも労務の成果に直結しないものであると解されるが、特許法にいう“報酬”は、発明者の発明創出意欲を高めるために、会社側が特許権の取得を認めつつ、発明者が会社側から“報酬”を取得する形で両者間の利害調整を行う性格から、その特許権の実施によって得られた利益を発明者に分配する“報酬”は“労務報酬”でなく“発明の対価”と解した方がよい正確ではないかと考える。

いずれにせよ、本事件の判断基準を今後のケースにも適用すれば、中国現地法人にはまず報酬の支払う義務があると認定されるだろうと考える。もちろん、このような場合は、中国現地法人とグループ会社間で予め支払い責任を決めておくこと、或いは一旦報酬を支払った上、契約に基づき相当金額を特許権者であるグループ会社に請求することなどで対応できる。

 

争点3――報酬額算出する際に、社内発明規定はどこまで適用できるかについて

3M中国有限公司が社内で従業員と協議の上、“3M職務発明奨励プラン”を整備していた。この“3M職務発明奨励プラン”によれば、報酬の計算式は以下のようになっている。

報酬額=年度売上×0.01%×商品係数×特許分配係数×発明者分配係数

それに基づいて3M中国有限公司から張氏に支払った報酬額は、2010年度が2万元程度であった。しかし、発明者が主張する報酬額の2010年度分が200万元で大きく乖離されていた。

そこで、第二審の上海高級人民法院は、“3M職務発明奨励プラン”は専利法に則って整備された社内規定と認めその合法性自体を確認しながらも、3M中国有限公司は具体的な計算根拠及び計算方法を裁判所に提示すべきところ、計算式の根拠である“年度売上”、“商品係数”、“特許分配係数”及び“発明者分配係数”の開示はなかったため、発明者に公平合理な金額とは言えないと指摘した。

また、発明者の主張した200万元についても、根拠を欠けるとして認めなかった。そして、これら報酬額の算定根拠を集めるのは困難であると指摘の上、当事者双方の主張いずれも認めないとして、情状酌量して3M中国有限公司が発明者の張氏に支払う職務発明報酬は20万元(400万円相当)とする判決を下した。

また、第一審、第二審とも“3M職務発明奨励プラン”自体の合法性を認めたが、第一審では、算出のベースは利益ではなく売上額とは言え、算出式の“年度売上×0.01%”の0.01%は、特許法実施細則78条の“営業利益から2%”の数字からあんまりにもかけ離れているため、合理的とは言えないとも指摘した。

 

弊所の解説

(1)社内発明規定の整備について

中国特許法及び審議中の職務発明条例草案では、権利取得時の奨励金及び権利実施による報酬の発明者への支払い金額、支払い方法などは原則、社内発明規定に委ねられるが、その社内発明規定の整備に当たり、従業員から意見を聴取して、協議を行わなければならないこと、また、社内発明規定には報酬の算出式などを盛り込んだ場合、報酬の支払いを巡って紛争になった際に、会社側は算出式の根拠を開示しなければその算出式の適用は認めてもらえない可能性はあることも念頭におくべきものである。

(2)社内発明規定における報酬額の合理性について

本件第一審では、社内発明規定における報酬額の算定式が合理的でないと指摘し、裁判所の酌量で報酬を算定したことについて、第二審は第一審の酌量による算定を支持したが、しかし、社内発明規定における報酬額算定式の合理性の有無について触れなかった。第一審の酌量による算定額を認めたのは、双方当事者のいずれも有力な証拠を挙げられなかったため、社内発明規定の合理性判断と直接結びづけたものではないと第二審はこのように判断している。

中国の裁判実務では、当事者の約定内容を重視するのは一般的で、社内発明規定が合理的でないと指摘した判決例はこれまでには少なかった。しかし、今回の判決では合理性の有無について触れたものの、単に特許法実施細則の法定基準との比較に留まり、合理性有無の判断基準を明確に判示したとはいえないこと、第二審でもそれを避けたことは残念な点であると考える。

 

今後の実務に与える影響

中国では、「国家知財戦略行動計画(2014〜2020)」「構造改革推進及びイノベーション発展戦略の早期実施」、「中国製造2025」などイノベーションを重視する国策が次々打ち出されている中、企業そして発明者ともに知財マインドが高まっている。そのような環境では職務発明を巡る報奨報酬の争いは、多発するようになりつつある。中国で日系現地企業或いはグローバル研究開発活動を展開する日本企業にとっては、その対応を講じる必要性も高まっている。

本件判決は、多国籍企業の報酬支払い責任、社内発明規定の適用基準、報酬額の算出根拠など実務の面では、いくつか興味深いものを判示し、職務発明規程の内容精査及び報奨報酬支払までの手続検討について、参考となるものは多いではないかと考える。